岡野神社&平沼水天宮

岡野神社
1847年正月、武蔵国久良岐郡横浜浦に新田開発の折、高波数度襲来し、工事は難渋した。現横浜公園地付近に金毘羅大権現を勧請し、開発に成功した。

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平沼水天宮
平沼を埋立てて新田開拓した平沼九兵衛が守護として水天宮を1839年9月5日に創建、明治初年には平沼神社と改称、村社に列格したといいます。

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橘樹神社

1186年に京都祇園八坂神社を勧請して創建したと言われています。本殿の裏手には横浜市内最古といわれる1669年の銘が刻まれた青面金剛庚申塔がある。

武蔵国橘樹郡であった。この地名は「たちばな」と読む。「橘樹」は奈良時代始めの713年朝廷の出した和銅官命によって、地名は漢字2文字にすることに決まった。そのため、それまで3文字だった地名は1字削り、1文字だった地名は1字足して2文字にした。

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洪福寺

子供の頃から良く耳にしたお寺です。
近くの商店街に買い物に出掛けてました。

創建年代については諸説ありますが、仏寿禅師が袖摺山に草創、当地の百姓権左衛門の先祖心無道安が中興開基、大空呑海和尚が中興開山となり、1636年袖摺山より当地へ移転したのではないかともいいます。一方寺伝では、袖摺山薬師堂を当地に移した1636年を創建としているといいます。
臨済宗鎌倉建長寺の末とされています。

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御朱印は書き置きのみとの事で戴きませんでした。

神明社&杉山神社

神明社(三枚町)
由緒不詳であるが三枚町全域の鎮守であり、後に平権現、山王社、稲荷社を合祀した。

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片倉杉山神社
いつの頃か今の地に遷座したといい、長遠寺別当をして居た。社殿は神奈川の漁師町に在った諏訪社が熊野神社に合併された時に、諏訪社の社殿を当社の社殿にした。

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長遠寺
宝林院日住が字元宮に一草庵を建てて片倉山長遠寺と称し、杉山神社別当寺を勤めたといいます。第三世本成院日祐の代に、当地の寄附を受け、堂宇を移転して再建、杉山神社も今の地に遷宮させ、神光山と改めたといいます。

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後日御朱印を戴きました。

杉山神社

杉山神社の史籍に於ける初見は延喜式神名帳武蔵国都筑郡杉山神社とある。続日本後紀延喜式に「都筑郡一座杉山名神」と記載あり、武蔵国六之宮とされている。

新吉田杉山神社
延喜式神名帳所載の武蔵国都筑郡杉山社ではないかと考えられている論社の一つです。

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新羽杉山神社
創建年代等は不詳ながら、旧都筑郡域に多く祀られている杉山社の一つで、当地周辺が「上古根古屋の庄荷場の郷」と呼ばれていた時代より鎮座していたといいます。

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